特長は『子どもを諦めない』こと

児童養護施設 ケヤキホーム

施設名 児童養護施設 ケヤキホーム

法人名 社会福祉法人昇栄会

住 所 埼玉県行田市真名板2027

H P http://keyakihome.com/

施設長:松村 二郎

 

「私たちは児童たちがここにいる間、精一杯、一生懸命諦めないで見ていくことを一番に考えます」

 

 

 

元は高校を出て赤坂の日本料理店で厳しい板場の修業を8年していました。(七五三のお祝いのときには園長先生が魚を捌いてくれるとの職員さん談)

 

この職に就いたのは昭和509月、この仕事をやるようになって施設長の資格を取り、前園長である父親からこの施設を任されました。小学校のときに母親を亡くし、中学生の時には校区内の施設から通ってくる同級生がいたことが素地になりました。

 

自分の好きな最初の道からは外れましたが、仕事をこなすうちに好きになっていきました。

 

昭和48年からこの事業を開始したので、当時は園には何もなく、近くの大工さんから木材や鉄をもらってきて、鉄棒を手作りしたんですよ。

 

もともと園の土地は自分の実家で、法人に寄付したものです。児童は50人。半分は幼児、半分は学童でした。順次新築、改築をし、落ち着いたのは平成2721日でした。

 

 

 

ケヤキホームの特長は子ども諦めないこと

 

対応が難しく手に負えないと見放された児童や鑑別所にいた児童なども引き取り、きちんと卒園させることができています。

 

現在園はユニット制になっているので、積極性と責任をもって任せられる人材を待っています。

 

 

 

学生へのメッセージ

 

児童に対する愛情、熱意を十分に持っている学生に来てほしいです。児童と一緒に育っていけるような素質を持った人は、自身も成長できます。

 

今ではドラッグストアの副支店長になっている28歳の青年のことを紹介します。

 

父親からひどい虐待を受けて入所してきました。母親も引き取らないとわかったとき彼は荒れ、けんかもし、警察沙汰になり、私たちは引き取りに行きました。笑顔が可愛くて「お前、いい顔するなあ」といつも言っていました。バイトもがんばり、高校を卒業したあとも施設に良く来てくれます。あるとき彼女を連れてきて「この人が僕の父親なんだよ」と私を紹介しました。問題も起こしたけど可愛くて仕方がなかったです。

 

私たちは児童たちがここにいる間、精一杯、一生懸命諦めないで見ていくことを一番に考えます。社会に出てからつまずいたり悩んだりしたときに、支援団体とうまくつながるしくみが出来ていくといいですね。アフターケア担当の職員はジョイントになって施設と支援団体や支援者をつなぐ役割、つながるパイプは太ければ太いほどいい。退所者はパイプの中を安心して動き、相談に行くことができる。パイプは信頼関係そのものです。


ベテラン職員:岡田 優子

 

「児童養護施設の保育士は充実感や成長につながる職業です」

 

 

 

保育の大学進学時には保育園への就職は考えておらず、地元に帰って幼稚園の先生をしようかなと漠然と考えていました。

 

昔から地域ボランティア経験や大学で特別支援学校のボランティアに行く機会があり、福祉への興味、素地があったと思います。保育士資格のためケヤキホームに実習にいき、とてもよい職場と感じ、職員募集されていたのでそのまま就職させてもらえることになりました。

 

実習中~就職してから3年間は幼児を、その後は小学生を5年間担当。結果的に担当していた子たちの成長の流れをみることができました。先日は5歳で担当していた児童が就職を迎え感無量でした。

 

以前は大舎制で幼稚園のような雰囲気だけど、しつけなど何から何まで面倒を見なくてはならず、児童が甘えてくる場面、叱らねばならない場面が混在していて、隣で上手に切り回す先輩を横目に、うまくやれない自分と葛藤しました。

 

現在はユニット制となり、児童も比べられることもなくなり、職員も自分の流れで仕事ができるのでいい環境になったように思います。ただし一長一短があり、大舎制では、新人職員にとってはお手本となる先輩の振る舞いをそばで見て学ぶことができる良さがあり、ユニット制では児童にとっては多様で柔軟な対応がとりやすい良さがあります。例えば「今日は疲れているからひと眠りしてからご飯にしようか」と言えます。

 

 

 

学生へのメッセージ

 

なかなかとっつきにくい職業だと思いますが、充実感や成長につながることは間違いない職業です。入職時には不安になることも多いですが、その不安な気持ちをも糧にしてぜひ挑戦してほしい仕事だと思っています。


ベテラン職員:三浦 信一郎

 

「仕事を続けていくには結局「人と縁」です」

 

 

 

職員になったきっかけ

 

高校生のとき、ひょんなことから幼稚園で絵本を読み聞かせをする機会がありました。

 

その体験に触発され「保育士になりたい」との思いを内に秘めたまま工場に入社。退職後、幼稚園や物流倉庫に勤めつつ、埼玉県の夜間の学校に通い3年で保育士になりました。足立区の保育室に勤めるも収入や休みを考えると先が見えないと思い、一生かけて働くならと児童養護施設を見学し、松村園長に出会いケヤキホームで働くことになったのです。

 

いろんな遠回りやアルバイト経験を経て入職したことは、中高生を担当した時に活きてきました。経験則からのアドバイスは説得力があるようでありがたいと思います。

 

 

 

ケヤキホームで働いてみて

 

実は、ケヤキホームでの勤務は健康を害して一度途切れています。

 

実家に戻り、地元で福祉の仕事に就きましたがうまくいかず、友人に背中を押されて奮起し、ケヤキホームの園長に戻ってこいとの言葉で再び受け入れていただきました。この間2年、物の見方、見え方が変わっていました。ひとりでは生きていけない、誰かの力で生かされていると実感し、過去のうぬぼれや非力を見つめました。
「自分の好きな仕事をして生きていけるならそれだけで御の字でしょ」という感覚で、児童たちに伝えるやり方にも幅が持てるようになってきたと思います。

 

以前なら、児童たちともめたくないばかりにあいまいにしていた間の取り方を改め、最初から伝えるべきことははっきり伝えよう、自分も人間関係で悩んだりしたんだよ、などと堂々と児童たちに向かい合う姿勢に変わっていました。

 

不安いっぱいで一歩踏み出さなきゃと逡巡する思いを理解できるからこそ、アルバイトで失敗した、どうしようかと悩む児童たちに噛み砕いた話ができるようになりました。「出てから大変な思いをする前に、ここにいるうちに失敗しろ」と言えるようになりました。

 

あわせて(出身の)東北言葉の言い回しの荒さなど、言葉遣い、口調のトーンを見直し改めたりもしました。児童たちにとってここはオレん()と思えるように、ユニットの玄関周りにお気に入りの写真を飾ったり居心地の良いしつらえを考えられる限り工夫してきました

 

2018年度は里親支援相談員として、地域の里親さんのことを知り、アフターケア担当職員の負荷を減らす方向性について考える1年間でした。今後は施設発信で、地域や、退所者支援者とのつながりを一歩進んだものにしていきたいと考えています。

 

 

 

学生へのメッセージ

 

多くの学生が就職時には「給与・休暇」を重視しますが、仕事を続けていくには結局「人と縁」です。園長先生が私の亡父に「ちゃんと育てるよ」と話されていたことを後日知りました。ありがたいことです。

 

卒園した児童が職場でがんばっていて役職者になっているところに、在園児のアルバイトでお世話になりますと頭を下げに行ったことがありました。また卒園生たちと飲んで大人になったからこそ話せることがあったりします。つながっていて楽しいな嬉しいなと思う「縁」のエピソードです。

 

 

 

誰かに誘われたからできる仕事ではない、決して楽な業界ではありません。モチベーションを保っていないとできない、学生だからこそ経験できる経験を積んで見聞を広めておくことが先々役に立ってきます。

 

最後に、児童養護施設というところが、将来の日本、世界を動かす子どもたちにとって、のびのびと過ごせる優しいところ、時代に合った子どもたちにフィットしたものであるようにと願います。


新人職員:中川 寧々

 

「今、姉弟のような、親子のような感覚が楽しい」

 

 

 

小さいころから夢は保育園の先生でした。

 

小学生のころ夕方やっているニュースのドキュメンタリーで児童養護施設の現状を見て興味を持ったのがきっかけです。

 

専門学校2年目の時、実習で保育園と幼稚園とケヤキホームに行きましたが、ケヤキホームへ入りたいと即決しました。

 

保育園や幼稚園だとカリキュラムや時間がきっちり決まっているのに対して、ある程度ルールはあるにせよ児童により深く関われるのが魅力でした。

 

現在中高生の男子4人(高3、高2、高1、中2)を担当しています。今まで勤めてきて楽しかったことはたくさんありますが、一泊旅行や担当している児童とだけとお出かけしたり、姉弟のようでもあり、親子のような関係でもあり一緒の時間を過ごせることが楽しいです。

 

引きこもりがちだった児童もアルバイトで一歩踏み出せるようになり、児童の言葉に一喜一憂しているのですがそれ自体がやりがいと感じています。

 

先日、照れながら案内をくれたので、高3男子の卒業式に付き添いました。成績優良者として表彰され、推薦で大学進学を叶えました。嬉しかったです。高校の教員を目指すとのことで、4年間学生寮住まいになります。


新人職員:いくみ

 

「児童とふざけて遊んでいるときは本当に楽しいです」

 

 

 

中学生くらいまで警察官がかっこいいと思い、憧れて目指していましたが、もっと勉強をしないといけないと言われてあっさり諦めました。

 

こどもが好きなことと、乳児院(2歳から)~児童養護施設と施設で育ったこともあり、この道を目指すことにしました。担当職員に恵まれ、自分がしてもらってよかったことうれしかったことを活かせる現場だと思いました。

 

自分自身が4年生までほとんど実親が来たことがなく、顔も知りませんでした。今施設にいる児童で同じような状態の児童もいて、何で来ないんだろう?とか自分の小さい頃の気持ちと重なってしまうこともあります。施設出身であることは児童には伝えてはいないので、少しだけわかるようなニュアンスで、児童の気持ちに寄り添うようにしています。

 

最近自分の結婚式に、入職してずっと担当している児童を招きました。親への感謝の言葉の代わりにずっと見てくれた施設の職員さんへ向けて話していたので、もしかしたら気づいているかもしれません。

 

担当しているのは小さいときから見ている小学校中学年の男子で、まだまだ甘えたがりでヤンチャでとてもかわいいです。日常の買い物にも行きますし、企画でいろんなところに出かけたりもします。小さかった児童が大きくなってくのが何より楽しく、辞めたいと思ったことがありません。ふざけて遊んでいるときは本当に楽しいです。不規則な仕事ですが、夫は理解してくれています。

 

自分が施設にいたときの職員の気持ちがわかりますし、迷惑もかけたな、職員の嫌だったところも思い出し反面教師にするぞ、などと思っています。これから社会的養護出身者が施設職員になるケースが増えていくでしょう。

 

(いくみさんは、お名前も下の名前だけで写真は掲載いたしません)